私はヤングケアラーだった
私はたぶん、一種のヤングケアラーでした。祖母の下のお世話とか、そういう意味の大変なケアラーではなく、「不登校の弟の家庭教師」でした。
不登校ですから、内申が悪い、出席日数も足りてない、本人も落ち込んで不機嫌というトリプルパンチ。私はその時、短大2年生でした。
しかも、就職超氷河期世代です。バイトは禁止、飲み会も断って弟を見ろと言われ、毎日、3時間ずつ必死で機嫌を取りながら勉強させ、近くのど真ん中偏差値の高校に突っ込みましたが、私は就職試験に全て敗れ去り、もうアラフィフですが、正社員経験はありません。失われた世代を体現してしまっています。
今、私は高3娘の母です。大学見学に付き添ったり、志望校選びを一緒に話し合ったりするなか、一つ気づきました。就活って、入念な準備が必要ということ。
私は当時、あまり就活支援が手厚くない大学にいて、なおかつ、私の頭を占めていたのは、「いかにして弟を合格させるか」だけ。
行き当たりばったりに企業に申し込んでたので、面接で的外れなことことばかり言ってたんだろうな…適性試験もボロボロだったろうな…とやっとわかりました。
そしてもう一つわかったこと。学生は、自分のこと以外はキャパオーバーということです。 全部総合して考えると、きっと、うちの親が取るべきだったのは、「いい塾や家庭教師を探す間、悪いけど、お姉ちゃんに頼めるかしら。あと1週間で大事なテストなの。」であり、その間に、色々な手を考えることだったのでは…と思います。
うちは、「教えられる姉がいるのに、塾に行くなんてもったいない」でしたから。
私も実は、娘が同じくらいの歳の時に、私が崩して寝込み、親は「親の役に立たない娘はいらない」という人なので頼れず、運悪く夫は激務時代で…という経験があります。おむつもあまり変えてあげられなかったな…。
その後、行政サービスを使い始め、少しずつ回復していきました。 今は高3で、実に生意気に元気に女子高生してます(笑)。
特に何か人と違ったことはありません。 あと、そんな我が家でめちゃくちゃ役立ったのは、レトルト様です。幼児が食べられるものから大人が満足できるものまで、色々取り揃えてました。
あと、ロングライフパンという2ヶ月くらい持つパンと、サトウのご飯。それと野菜ジュースで乗り切ったこと、何度もあります。そんな娘は、めちゃくちゃ健康で部活を三つ掛け持ちししてます。
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