悩みのはきすて場|いただきます、なんて不要じゃね?
2026.02.23
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大食漢 21 東京都
食事前「いただます」と言う人に疑問を持ってしまいます。 こんなことを人前で言うことは無いんですが、食物連鎖の頂点にたつ人類が何故それに負けた動植物に感謝する必要があるのか、負けたのだから食われて当然だと考えています。
作ってる人に感謝と言う意味もあるらしいですが別に「いただきます」と食前に言ったところで感謝の気持ちが伝わる訳じゃ無いですからね。金払ってるんだからそれで十分だろうと考えています。
皆さんは本当に感謝をこめて「いただきます」と言っているのかと疑問に感じてます。ただの儀式や慣習と化していませんか? また何故皆さんは食前に手を合わせたり、いただきますと述べたりするのかを教えて欲しいです。
ただのマナーなので「なぜ言う人がいるのか?」と気にする事がそもそも不要なのではないかとも思います。中国では料理を振る舞われたら最後に少し残すのが礼儀だそうです。振る舞ってくれた人に対し「全部食べ切れないくらいお腹いっぱいになるまで食べて満足した」という事を表すのです。
しかしフードロスの観点で言えば当然「勿体ない」となります。韓国では「年上より先に酒を口にするのは無礼」とか「年上から勧められてもないのに酒を飲むのは無礼」とかあります。しかも、酒を勧められた時も断らないといけないのです。
要は「いえいえ私のような小物がとんでもない」みたいなリアクションをして先輩を敬い遠慮するのが礼儀って事です。そして次、もう一度勧められたら、今度は《断るのが失礼》となるので「では頂きます」と言わなければなりません。これは「先輩が何度も誘ってんのに断るとはいい度胸じゃねーか」となってしまうという事です。なので宴会の度に先輩と後輩はこの約束動作をいちいちやってるのです。
インドではご飯を食べる時、右手で食べろと言ってました。左手は用便後、お尻を拭く時に使う手なので食事で使うのはエチケット違反なのです。まぁそれらも大分緩和されてはいますが、茶道の作法(器を何回まわすとか)や手紙の作法(「行」を消して「様」を書くとか)、葬儀の作法(香典の文字は薄墨で書く等々)と、無駄(というと怒られるかもしれませんが)なマナーは幾らでもあります。
作法以外にも宗教の戒律を厳格に守る人もいれば、宗教そのものに興味ない人もいるし、世の中はそういうものです。「いただきます」いう人がいても、毎日決まった時間に神に祈りを捧げる人がいても、自分と分けて考えればいいのではないかと思うのです。
なので誰かに『「いただきます」は「命を頂きます」という意味もあるのだと言われればそうかもしれないとは思います。我々の命はそのお蔭で継続されており、「そこへの感謝です」と言われたところで、結局はそれによって何か心境の変化が生まれるものでもないと思うのです。
もちろん、作ってくれた人への感謝の気持ちも分からないでもないのですが、料金を払って食べる料理にまでは不要と考えています。
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